●;07年の年賀状整理

●;かつては暮からせっせと手製の年賀状作りに精を出したものだが、ここ数年の暮というやつは、よんどころない諸事情が気分的に重く?のしかかり、年賀状を暮から用意するのをサボっている。正月三が日はドサッとでもないけれど届けられたハガキを前にしてやる気起こらず(その代わりにはしょうもないと言ってる割にはテレビを見ているのだけれど)。「お元気ですか?」「お会いしたいですね」といった文面にはその人固有の優しい貌と表情が浮かび「返事」にも返しコトバで同じような一文を添える。一年に一回、年賀状だけで近況を知らせ会う人が大半。会ってもいいのだけれど、会うエネルギーがなかなか発動しないものだ。
年明けて、電話したりメールしたりの諸連絡を思い立つのだが、多少せっぱ詰まった「やるべき」用事などがあると、優先順位が逆さまになり、結局は会わずじまいになって年が過ぎてゆく。
●;正月〜はBS1の「世界のドキュメンタリー」を見続ける。「現代史の証言」というやつである。「ああ、そうだったのか」と思い起こすような番組もあり、その当時何をしていたのだっけ?と反芻もしたりする。アメリカのベトナム反戦運動の出発点になったウィスコン州立大学の学園闘争。ベトナム戦争で14000人もの米兵が戦死する事実に、当時のアメリカの若者はわが事のように呼応したのだ。ダッカでの「日本赤軍・ハイジャック事件」。日本赤軍兵士・奥平純三とか企業連続爆破「狼」の大道寺あや子らの顔も映っていた。折しも、北朝鮮よど号」ハイジャックの赤軍派の田中義三被告が千葉の刑務所病院での病死を伝える小さな記事。暮に(あわてて政治的に絞首刑された)「サダム・フセイン処刑」の扱いも小さかったけれど。