近づく本、遠ざかる本(2)

●;暑い土日、クーラーの効かない部屋にいると、身体が要求しているのでもないのに水分ばかり取ってしまう。身体の中心から力が抜けて行く感じ。「緑陰読書」と決め込む訳ではないが丈の高い欅の樹々が陽を遮ってくれる公園のベンチで本をひろげる。車谷長吉『贋世捨人』(05・新潮社)と姜尚中『在日』(04・講談社)を同時並行して読む。前者は「新潮」誌掲載時に読んでいた。ま、嫌いではない車谷節の一作品。「裸形の言葉遣い」の人。巻末の著作リストで判ったのだが、車谷氏の本は結構何冊かは読んでいることになる。大事に「所有」するほどのファンではなく、雑誌掲載時に流し読みしたり、単行本になった時に(ま、読む程度で、氏の作品に序列をつけられるほどの読み手ではない)。
●;「贋世捨人」は氏が大学を出て〜広告代理店〜「現代の眼」編集部にいた頃から東京を脱っするまでの鬱屈していた時代の「青春記」である。この鬱屈の結晶度ははかりかねるが、これも渡部直巳氏が言う‘かくも繊細なる横暴なる’「68年文学」の範疇に入るのではないかと思った。1950年生まれの姜尚中氏と、5歳年上の車谷氏とが二つの本の中で「交点」を結んでいる。「金大中事件」の1973年頃。「在日」学生」の姜氏が「金大中事件」の抗議運動に参加し、一方、「現代の眼」編集部にいた車谷氏もKCIAだかに詮索を受けたと小説の中で記していた。
姜氏の本の「あとがき」にエドワード・W・サィードの『遠い場所の記憶』(みすず書房)の引用があり、それを再引用させてもらうと、
 

わたしはときおり自分は流れつづける一まとまりの潮流ではないかと感じることがある

時に合わせ、場所に合わせ、あらゆる類の意外な組合せが変転していくというかたちをとり
ながら、必ずしも前進するわけではなく、ときには相互に反発しながら、ポリフォニックに、
しかし中心となる主旋律は不在のままに。これは自由の一つのかたちであると、わたしは考えたい。

  
姜氏についてさしたる親和感もなかった(宮台真司氏との対談本『挑発する知』(双風社出版)の‘ざっと読み’程度だが、この本で「東北アジアとともに生きる」という氏のモチーフが生まれていく経緯は分かった。それにしても姜氏は多くの世話になった家族(親類恩師〜)の<死>を抱えているのがわかる。「号泣する〜」といった箇所がいくつかあった。
●;(たぶん)縁もゆかりもない車谷氏と姜尚中氏が偶々「金大中事件」で交点を結んでいる(かもしれない)とは、さしたる「発見」でもない。ある「同時代(性)」を共有していた二人が《遠い場所の記憶》を「現在」に移し替えしていく作業を行っている学者-文学者として(私が)近づく契機になった。