●;「本」から本」へ(2) 古井由吉『辻』(新潮社)

●;古井由吉『辻』を読み耽っている。この本の存在は知っていたが、「中井久夫を記憶の人」と記していた斎藤環氏の「本」から飛んで「記憶の人」ならと、古井氏の「本」へ飛ぶ。
●;「辻」とは二つの道が十字型に交差している場所。何かとせわしい人の通りが多い「辻」で侍が刀の試し切りで出会い頭に人を斬ったのを「辻斬り」と言ったらしい。幕末の土佐浪士、岡田以蔵などもこの手合いだったか。今は、「辻」とは言わずに車が主役になって交差点と呼ばれるけれども、「辻」は、「路地」同様に何か<身体的な場所>である。<身体の記憶>が塗り込められていて、その人々の霊が交叉するところでもある。「辻」は「人の怖ろしさ」に出くわす場所、と造形していく古井氏に脱帽する。
●;古井氏のファンではあるが、熱心な読者ではない。読み始めても弾き飛ばされそうになってしまうことが多い。一字一句、塑像を作り上げるように言葉を刻み込んでいる。連作短編集の『辻』では入れ替わり立ち替わる主人公の男に絡みつく<女>が出て来る。その<女たち>が主人公ではなく、的割り付けられる男たちの「恐怖」。

からだを求められるかと用心されていたなと気づく

という箇所、《我が事を指している!》と、ハッとする。若い時にそんな感じが幾度かあった。<女>はこっちの欲望やらを見透かし、にべもなく別れるように運ぶ。