●;『言論統制』を読む(1)

●;佐藤卓己言論統制…情報官・鈴木庫三と教育の国防国家』(中公新書・436P・04刊)を読み耽った。一年ほど前に書評などでこの本の存在を知り買って置いたのだが、関心が横に横にとスライドするタイプなので、その後のなにやかやの襲来(!)で買った頃の気分動機を押し潰してしまい、この手の本は積まれたままになる。そういった本は枕元に山積みになり、ちょっとした力が加わると崩落しそうな小山になっている。そんな色とりどりのタイトルを眺めつつ、寝しなには眠気を誘うような本を引っ張り出すのが常なのだが、この時もそうだった。
●;ある晩、ページを開いたら引っ張り込まれた。名前だけ知っている人の著作が序章部分に批判的に引用されていた。「おや?」と思った。それは美作太郎という若々しい名前の(!)「日本評論」編集者で著作権について業界では知られた人である。西も東も判らず、道の歩き方を知らないミーハー出版小僧だった頃、美作氏にお目に掛かったことがある。「横浜事件」の被害者でもあることをボヤッと知っていて恐る恐る接した記憶がぼんやりとある(と、いつものように自己言及的になってしまうのだけれど)。
●;(全く知らなかったのだが)陸軍の鈴木庫三少佐は「出版弾圧の悪代官」イメージでいろんな本に記述されている。美作氏らの『言論の敗北』(三一新書)では「小型ヒムラー」と記されている。鈴木少佐の「悪」イメージを伝えたのは畑中繁雄『日本ファシズムの言論弾圧抄史』(高文研)らしく、それをヒントに石川達三毎日新聞に「風にそよぐ葦」と題した連載小説(49年)を書く。松竹映画にもなる。岩波書店中央公論社講談社実業之日本社などの社史にもその悪代官は「事実」として記述され、いつのまにか「通説」となってしまっている、と著者は言う。
●;当時の「中央公論」編集長で「横浜事件」に括られた畑中繁雄氏が神奈川県警特高による拷問事件を告発するのは正しい。が「言論弾圧史」として捉えようとすると<ファシズムに対抗した知識人>という図式に乗り移る。このパラドックスを一種の転向とみえなくはない。戦後まもなく醸成されていた「戦後民主主義的の原理」に従ってしまう。ファシズムには似合う<象徴>が必要になり、こぞって標的になったのが鈴木糊三陸軍少佐であった。「坊主頭、カーキ色の軍服にサーベル剣を吊した長靴の厳めしく大声を放つ男」というのが、多くの戦後映画の中にも見受けられる。そんな日本軍人「像」は、ハリウッド映画にも伝搬されている。そして、<海軍=リベラル、陸軍=ファシスト>のイメージが形成され続けている。戦後〜今でも続く経営者層の「海軍贔屓意識形成史」にも繋がってくる。「非道かったのは陸軍〜」という「通説」が出来かかって「通念的イメージ」になってしまったのは、いつ頃からだろう、そんなことを考えさせられる。