●;気分良かった日もあるが

●;週末のある日。とある会社で初対面のボス氏に会う。応接室で携帯電話していた人がそのボス氏であることがまもなく判ったのだが、「ここでいいんですよ」と部屋に招き寄せた手つきや身振りの柔らかさで<親和的>な人だなぁと思ってしまう。直観的にはあまり間違えたことはない。こっちにとって都合のいい<いい人>という意味ではない。これらの人の対極にあるのは、品性が卑しい種族で人の風体を見て、つまり足元を見て値踏みから入るタイプだ。ボス氏は人を受け入れる資質の持ち主と見た。
●;型通りに名刺交換。同行した人間がちょっと珍しい名前。しばし、そのことで話が拡がる。その膨らませ方にその人の<教養的なもの>を受感する。ほとんどの日本人の名前は生霊的・地霊的なものから来ている。ものみな自然が<精霊>だった日本…ただ、この辺りのことは民俗学者谷川健一氏あたりの著述で確かめなくてはいけない見解ではあるが。
人の名前から地名について思いを馳せて語る人は(お国自慢は論外として)<歴史意識がある人>と思いこんでいる。
ボス氏との話はあちこちと飛ぶ。そして会う目的の大半は進んだ。こういう人に会える時は小さな幸せ気分になる。こっちの<気もち>を贈与してもいい人物のような気がした。贈与とは俗に言う見返りを期待する「ギブアンドテイク」ではない。