●;古井由吉さんに会う(1)

●;惰眠をむさぼりたいところだが、午後、某書店での古井由吉氏「講演会&サイン会」に出かける。年賀状を出さなかった<気に掛かる人>の一人。講演会「ポスター」を見かけた時、お顔を拝顔しようかなと手帖に記しておいた。20年ほど前かな、この店で古井さんを始めとして中上健次柄谷行人浅田彰岩井克人蓮実重彦赤瀬川原平さんらの連続講演会を企画した(といっても一人でやった訳ではないが)時のサロン風の場所とは異なっていた。大学の中教室風の会議室、会社側が「命令と服従」の合意をとりつけるところね、などと余計なことを考える。
会場で図書新聞井出彰氏に会う(ニヤリ)。古井さんのおしゃべりをテープに取り、この会の後でインタビューして記事にするという(いつものやりかただよな)。井出くんに「あんたの『小島信夫賞』受賞のことが日大芸術学部のホームページに載っていたよ」と伝える。ホームページなんか見ない彼だが、学校側も講師センセイのPRしているんだよね、と言う。小島信夫氏から「原稿を書けと電話をもらったよ」、などとうれしそう。褒められることは人を元気にさせる。彼ほどの文才は全く備わっていないが、うらやましい。
●;6〜70人ほどの客が集まっている。古井さんと同年輩にみえる何人かの白髪の人たちが最前列を占めている。密教的なファンか。気軽に話しかけられないような拒絶感漂う雰囲気の若い男たちもいる。女性もちらほら。古井ファンの女の人は、ある程度イメージできる。<狂気>を孕んだ人といえばいいのか、<女の色>が薄い人と言えばいいのか、官能性を振りまくような人はまずいない。<真顔の女>といってもいい。髪は染めたりはしていない。毎朝櫛で梳いているストレート・ヘァー、黒の衣装を好む。自意識が変化したり溶解したりを拒んでいるような屹然としているたたずまいの人が多い。
●;前の方に座るのは恥ずかしいので真後ろの席へ。この<恥ずかしさ>にはふたつある。ひとつは自分は親しい感情を持っているが相手はそうは思っていないことが、ままある。この落差がわからずに人に迫っていくのが恥ずかしい。のこのことしゃしゃり出て挨拶なぞする柄ではないなと思ったのだ。もうひとつは、古井氏の人柄に触れたことがあってのファンではあるが、サインをねだるような作品読みの熱烈なファンではないことであった。買ったばかりの『聖なるものを訪ねて』(ホーム社発行。集英社発売)のページを走り読む。講演が始まる。人垣の間から古井さんの顔が真っ正面に見えた。<聖者>か<高僧>のようにも見える。発行元の編集者ナガサワ・キヨシ氏の横顔がちらっ。後に少し小声で喋る。