● 貧すれば鈍する(2)

● 男は、時折電話を掛けて来た。こっちの都合もわきまえずに、だ。時間を作って会うと「今度こういう仕事をやるんだが〜」と話しかける。ほどんどが大した話ではなかった。少しもリアリティの匂いが感じられなかった。「うん、うん」と聞いてあげるのも辛くなり、門外漢でもわかる程度の指摘をする。余り聞いてもいない。話し相手が欲しいのだろう。疲れる訳でもないが、得した気分になることもない。帰り際「千円、貸してくれないか」と頼み込むこともあった。哀れでもある。
  
ある時、大学の同窓会会員誌の企画を考えてくれないかと電話があった。大学なぞに愛惜もヘッタクレもない。「勝手にやれば〜」とも思ったが、同窓会の予算からいくばくかの謝礼が出るらしい。企画協力費も少しは出るという話に欲目が出た。高齢化して行く同窓会会員になにを届けるのかというところには興味がないことはなかった。

「企画書がいつ出来る?」と催促電話がなんどか。(徹夜でも作るさ)と舌打ちしながら、そこそこの案を提出する。それに対する男からの感想も意見はない。「これで通るのかい、どうなっているんだ」と思わないでもなかったから、採択する委員会の様子を聞くと「もう、根回しが済んでいる」との答え。「ヤベェ、な」と直感。

某日、委員会の責任者と委員に引き合わされる。なんのために会うのかよくわからなかったが、根回しの一つという。面通しというやつか(旧いなぁ)。初対面の責任者は、なかなか紳士的な人で説得力があった。ただ、私の案が否定されていたことがその場で初めてわかる。(なーんだい。ちゃんとプレゼンしたのかよ)。「新奇すぎる」ということらしい。うんざりするな。こっちの恥である。アウトソーシングを受けられるものと、ついさっきまで信じていた<おバカさんね>。

責任者は「ちょっと一杯やりましょう」と誘う。飲み代を払おうとすると、さっと伝票を握る。私に「借り」は作りたくないのだ。後腐れの関係にしたくないという心根が伝わる。さすが、そこそこの企業で専務まで上り詰めた人だ。交渉事の機微を知っている。男は平気でご馳走になろうとする。とたんに「イヤな奴」とのけぞる。厚顔無恥ということばが出てくる。そんな奴にはなりたくない。翌日、「明るい総括をしよう」と題する批判文をFAXで送る。何事に対しても<鈍>にはなりたくないからだ。彼も私も《貧すりゃ、鈍》になっていたのだ。<鈍>は、事と次第ではとてつもない罪をつくる。