●10年後の読者(3)

● JAGATのシンポジウムで印象に残った言葉集。
・「プログは人生の記録化」または、「個人生活の記録化」。
はてな」の近藤社長の言をメモした。「何でも書きますわよ時代」の出現であろう。「書きますわよ」は、70年代だったか主婦が躍り出た時に使われたことばのように記憶してる。80年代末に大西巨人との対談で「素人の時代」と吉本隆明が語ったのを後生大事に覚えているが、50年代末、テレビが隆盛にさしかかる頃に清水幾太郎も「大衆社会」の到来を言ったようだ。

18世紀、「情報の啓蒙化」が進み、市民によるコモンセンスが醸成されて、あるいは19世紀に新聞社と通信社が「情報のニュース化」を競うようになり、「情報の一般化」が進行したように、技術の進化によるネットワーク回路の発達は、「情報の個人性」がむき出しになることか。(ほとんど松岡正剛の言説に依っている)。「情報(発信と回路)の個人性」というのが、キーワードになりうる。

・わずかに生き残る職人的な<作家>(古井由吉が自虐的に「私は、三千部作家ですよ」と語ったように)とはパラレルに<素人の作家たち>が群生する。彼らはメールやPCでの回路を基盤にしているが故に<通じ合う>、<伝わるもの>の質については敏感だ。「ウザイ」とか「キモイ」ということばがそうだ。その感覚を端的 に表している。
「指示表出」が「自己表出」を圧倒していく。出版産業的には、前者をいかに商品開発するかにかかっており、後者は産業のごく一部になっていく。かといって未知の世界を表す<文学>が頓死することではない。