●窃視欲

● 電車の中で<私>を認めた女性がいた。リクルートのために東京をさまよい歩く女子大生のような年格好ではない。ダークスーツ姿の女性から「あら」という感じで挨拶された。どこかで会った記憶があるのだが、とっさに思い出せないでいた。
「ああ」。
三週間ほど前、ある会社での打ち合わせの際、部長さんからスタッフとして紹介された人であることが判るまでにちょっと間が空いた。その席で発言もなかったし、名刺交換もしなかったから名前も覚えていない。

その時、とっさに思い出したのは「窃視欲」という言葉だった。なんという本の書評だったか忘れてしまったが、朝日新聞大竹昭子が書いた書評文に「窃視欲」というのがあった。盗み見という意味であろう。大竹の本は一冊だけ読んだ程度で特に気になっている人でもない。<視る>ということに力点を置いている批評家であるぐらいの知識しかない。

その彼女は(たぶん)「眼の記憶」が強いのだろう。私もそういう部類に入ると思うが、それは<何か>に怯えているが故である。回りの気配を感受するのが強いのは、<敵>の襲来を察知する能力だろう。短絡的に言えば、人の<貌>をよく覚えているのは、<敵か味方か>を瞬間に見分ける力でもあろう。それは窃視欲にも繋がる、なーんて、妄想した。