●短気な性格(1)

●「会報」には<短気な性格だから>と記した。私がキレル性行の持ち主であるのは。回りの大概の人間は知っている。ある会議で年上の「長」に向かってZippoのライターを投げつけたことがある。会議を仕切っているそのリーダーが私の発言をしゃべる前から遮った。「お前が止める権利がどこにある。ふざんけんじゃないよ」と、一瞬、投げつけた。回りの大人どもは驚いて止めた。「表に出ろ!」と言い放った。原因は私のなにがしかのプライドに「長」の発言が刺さったからである。尊厳感というものが犯された時には、私は開き直る。もうどうでもいいやと俄然、彼自体ほ壊してしまわないと〜となる。

つい二ヶ月前にも年下の人間の見下したような冷ややかな言辞、その言葉の切れ端に突然、切れた。「バカ野郎」といったきり、胸ぐらを掴まえて首を絞めようとした。暴力するなんて!」とそいつは言った。昔の民青みたいな奴だ。しきりに非難する。理屈で「暴力」の非を言い負かそうとする。回りで止める奴がいたから、一応は仲直りの握手をしてしたが「怪我したら賠償してもらいますからね」などと泣き言を言う。「診断書でもなんでも持ってこい」と、言い放ったのだが、この屁理屈男の心性がたまらなくイヤになった。

昨日の会議でもあった。現在の組織のある矛盾を「共同性」、つまりある新しいルールを作ろうと提起していたのだが、それがわからない。無駄な時間を費やしているとも言う。自分の事業部の歴史的な形式を尊重しろと案に要求した。その保守性、自己保身性、よって立つその権力性に対して猛然と切れた。「冗談じゃないよ。あんたらとはやってられないよ」と会議を蹴った。