● 大手町のとある会社

● 雨の降る日、大手町のとある会社へ。同席する先輩とはその会社の受付で待ち合わせの予定だったが、早く到着しそうなので腹ごしらえ。讃岐うどん、二玉、350円。東京駅から大手町のビル群に向かう時の気持ちと神田駅からその会社に行くのでは、気持ちが異なる。中心と周縁の違いである。東京駅が<中心>の一つであれば、金融街などは外れの外れの<島>である。兜町を<しま>と読んだ謂われは、清水一行のデビュー作『小説兜町』でおぼろげながらわかったような気がする。
神田川の畔に立つその会社も「なーんだ、この大きな会社も川筋に立っていたのか」とちっぽけに映るという発見もある。川の畔は江戸時代を遙かに遡っても脆弱な土地、夜鷹も乞食も絶えられない夜を過ごしていたに違いない。むろん、それに反比例して勢いのある歓びもあったろうが。

受付に立つ訪問客の一人から話しかけられる。前の職場でいっしょにいた男だ。ただ、全く別の部署だったからろくな話もしていない。同じビルの中で目顔で挨拶する程度で済ませていた、そんな関係。
「いゃあ、ある人にちょっとご挨拶に」(これはホント、初対面のある人にちょこっと話しをするだけ)
(どうしてこんなところに)といぶかしげに問う気持ちが隠されている(のかな)。
(そうだよな。こんな会社に訪問する柄ではないよな)
「ぼくはこの会社とパートナーになっていまして…」(すごいじゃん。いつのまに)
こっちは<中心>からかなり離された<周縁の周縁>にいる。気概がないことはないがまだまだ空回りしている。それは実感。名刺を交わす。CEOとある。起業してから苦労したんだなと感心する。
(いつか、横浜中華街の雑炊の店でデート中の彼と偶然にも隣り合ったことを思い出す。その時の彼女の顔は忘れているが)
「いつか、会おう」と軽い約束。ただ、たぶん、話がかみ合わないだろう。専門家と素人。技術がわかっている人間と曖昧で回りくどくしかしゃべれないだけの(ソフト、といっていいのかな)組立者。<工作者>と言いたいところだが、とてもとても。

そこの会社氏とは小会議室で30分ほど。向こうとこっちを隔てている大きな木のテーブルが、両者間の距離である。その差を埋めるべくあてどもなく駄弁る(我ながら明快じゃねぇな)。喋りながらキーワードを探しだし、発語とする。さぞかし、相手も迷惑だったろう。